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08.15
こんにちは☆
毎日暑い日が続きます。

セミの鳴き声が聞こえ続ける中、
夕暮れ時には ほんのり秋を感じることもあって、
まだまだいっぱい夏を楽しみたい!と、
次なるお休みを楽しみにしている毎日であります~。

後日、旅行記にてご報告します♪





今年は戦後70年。

毎日ニュースでも新聞でも、
たくさんの戦争関連の情報が流れています。



私は幼いころから、祖母に戦争の話を聞いて育ちました。
おそらく、兄弟の中で一番祖母から聞いたと思います。

戦争体験の話は、暗く淋しい。
気持ちが塞がる。何度聞いても、そう。

でも、それは自然なことじゃないでしょうか。
そうなることは、とても大事じゃないでしょうか?
今は、『生きる』選択肢がありますが、
当時は『生きる』か、もしくは『死ぬ』かです。

先人たちが必死で生きて、必死で守ってきた事が、
今の私たちの『生きる』なんだと思っています。



私の母方の祖母は、宮崎市で文具問屋を営んでいました。
祖母の姉夫婦がメインで営んでたようです。

祖父は戦争で機械関係の仕事で福岡にいたそうなのですが、
若くして病気で亡くなったそうです。
母と叔父は、祖父の顔を知らずに育ちました。

その文具問屋は、宮崎の県庁や軍に文具を卸していたそうで、
お店には奉公人や軍人さんが一緒に寝泊まりしていたようです。

戦況が激しさを増すと、大所帯の台所事情はさらに厳しく、
着物をお金には替えてくれるけど、
紙はお金にならず、いろいろと苦労したと言っていました。

そんな中、寝泊まりしていた軍人さんたちは、
『かあちゃん、いいもの持ってきたよ。』と言って、
どこから仕入れてきたのか、
砂糖やタマゴ・米などを持ってきてくれたそうです。

ある時、牛肉を持ってきてくれたことがあって、
その時のすき焼きは忘れられないそうです。
戦時中のことを考えると、そんな中のすき焼きは奇跡です。

宮崎にも激しい空襲がありました。
そんな中、軍に納めていたものは、紙と筆。

民家では なかなかお金に換えてもらえない紙や筆は、
軍では・・・お金になったのです。
商売仲間からは、相当妬まれたぐらいに。

しかし、お金も・・・大所帯を賄うこと消えていく日々だったそうですが。

お店に寝泊まりしてた軍人さんは、
どんな軍人さんだったのかというと、
一つ声がかかれば、特攻隊員として死ななければならなかった方々でした。

そのための、紙と筆。
遺書を残すための、紙と筆。



祖母は、私に長い長い戦争の話をする時、
いつも、そこで止まりました。

むなしかったんだと思います。
戦中戦後の どんな大変なことよりも。

この時の祖母の表情は、忘れられません。
私を通り越して、すぅーーーっと遠くを見つめる目。



こんどのお休み、知覧に行こうと思っています。
知覧平和祈念館へ。

祖母は、数年前に94歳で亡くなりました。
私は戦争を知りません。
私には、コドモがいます。

祖母が私に話したように、
コドモにも、この話をしています。

人を殺めて罰せられる世の中が、
人を殺めて褒めたたえられる世の中になることは、
あってはならない事実です。

戦争のことを知らない世の中も、
戦争に繋がることをオブラートに包んでしまう世の中も、
あってはならない事実です。

・・・言葉になりませんが、
先人たちのご冥福をお祈りいたします。





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